怒りも結局、さみしさや孤独感から生まれる。

なんだかいろんなことにイライラしたり怒りを感じることがこの頃多かったのですが、

怒るのはちょっと間違いのような気がしてきました。

「仕事が終わらなくてイライラする」という怒りも、元はといえば

→職場の人が私の仕事量、ひいては私のことを気遣ってくれないからこうなるんだ。
→みんな私のことなんてどうでもいいんだ。

という、さみしさ孤独感から生まれるのかもしれません。

「家族が家事をしてくれなくてイライラする」という怒りも、元はといえば、

→家族ですら私のことを気遣ってくれない。
誰も私のことを気遣ってくれないなんて、なんて孤独な人生なんだろう。

という心の状況から生まれるのかもしれません。

職場の状況は私の力では変えられないし、家族の心だって私にどうにかできるものではありません。

私が本当に対処すべきなのは、職場でも家族でもなく、自分自身の孤独感なのかもしれません。

人との会話でも癒されないなら

じゃあ気の合う友達と会うとかすればいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、

・そもそも気の合う友達というのがいない

・人と話していても気を遣うばっかりで結局楽しくないし癒されない

という自分は、人と話しても結局この孤独感は癒やされないわけです。

人と話すと少し気が紛れるというのは時々はあるかもしれませんけどね。

完全にひとりぼっちではないけれど気を遣う必要のない空間

私はカフェで一人でサンドイッチなどを食べるのが好きです。

一人だから人に気を遣う必要がないし、周りも一人で気楽に過ごしている人が多いので孤独感もあまり感じない。

人とコミュニケーションを取るのが苦手な私には最も心地いい空間なわけです。

あたたかいコーヒーや空腹を癒やす食べ物もあるし。

当然ですが私に仕事を振ってくる上司も、責めてくる先輩もいない。

お金のことを考えたらお弁当を作って職場の自分の席で食べた方がよっぽど低コストなわけですがそれはイヤだ。

私は多少お金を出してでも、一人になって気を遣わずに食事ができる、それでいて孤独感もさほど感じない空間で過ごしたいという気持ちがあります。

私は株などでお金を稼ぎたいと思っていますが、本質的に欲しいものはお金じゃないんですよね。

人に気を遣わなくても孤独感を感じずに、リラックスできる自由な時間、それが本当は欲しいわけです。

そういう、社会との快適なつながりを感じるために私はお金を使いたいし、そのためにお金を稼ぎたいと思います

結局、欲しいものはお金というよりも、自分の孤独感を癒やしてくれるなにかなんだろうな、と思いました。

冷たすぎず、熱すぎない、社会との適度な距離感が欲しいのかもしれない、と。

私自身も、今後は会社にも家族にも適度な距離感を持ちつつ、接するように心がけようと思いました。